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Thursday, May 25, 2023

腸内細菌と食生活(下) 食物繊維は脳神経疾患とも関係 パーキンソン病などへの影響は? - 朝日新聞デジタル

 私たちの身体に共生する、星の数ほど多いマイクロバイオータ(微生物叢〈そう〉)に関する研究の最前線を紹介している連載の最終回は前回に引き続き、健康をもたらす腸内細菌叢(フローラ)を実現するにために、自分の意志で変えやすい食生活、とくに食物繊維に焦点を当てて紹介します。食物繊維の摂取は、脳神経の疾患にも影響があると考えられるようになってきています。

食物繊維

 腸内細菌叢は、炎症性腸疾患や、アレルギーなどの免疫疾患だけでなく、多発性硬化症やパーキンソン病、アルツハイマー病など、神経の炎症や変性が原因で起こる病気にも関係していることがわかってきています。その一方で、食物繊維が多く含まれる食事や、不飽和脂肪酸や野菜の豊富な地中海食を食べると、認知機能が向上するという報告もあります。

 多発性硬化症は、脳や脊髄にある中枢神経の一部を自分の免疫が攻撃してしまうために炎症が起こり、運動能力や感覚、視力などが損なわれる自己免疫疾患です。30代や40代など比較的若い年代で発症し、症状が無くなる「寛解」と再発を繰り返しながら、だんだんと悪化していく患者の多い疾患です。

 多発性硬化症のような中枢神経の疾患と、腸内細菌叢に相関関係があるのではないかと最初に指摘した研究者の1人は、国立精神・神経医療研究センター神経研究所の山村隆・特任研究部長でした。多発性硬化症の動物モデルに、抗菌薬(抗生物質)を投与すると、腸内細菌叢が変化して、中枢神経に起きた炎症が抑制され、多発性硬化症が軽症化することを2008年に発表しました。この発表が一つのきっかけとなり、腸内細菌叢と脳内炎症が原因で起こる神経疾患との関係についての研究が盛んになりました。

 山村部長らの研究チームは、比較的初期の段階の多発性硬化症(再発寛解型MS)の患者12人と、進行した状態(二次進行型MS)の患者9人、健康な8人の便を分析し、腸内細菌が産生する「短鎖脂肪酸」について調べました。2020年に科学誌「米科学アカデミー紀要」に公表した論文によると、健康な人に比べて、短鎖脂肪酸のうちプロピオン酸や酪酸の濃度が大きく低下していました。プロピオン酸や酪酸は、免疫が暴走しないよう、制御する働きがあると考えられています。

 山村部長は、従来は欧米に比べて日本では多発性硬化症患者は少なかったのに、過去40年間で約20倍に増えていることや、患者は健康な人に比べて、腸内細菌の産生する短鎖脂肪酸が少ない点から、次のように話します。「精製していない穀物や豆、野菜などをたくさん食べていた伝統的な和食には、食物繊維が豊富に含まれていました。それが、食事の西洋化に伴い、腸内細菌叢が変わり、多発性硬化症の患者が増えてきているのではないかという仮説が立てられます。今後、さらに研究を進め、予防法や治療法の開発につなげたい」

便の中の短鎖脂肪酸の濃度
便の中の短鎖脂肪酸の濃度 (国立研究開発法人国立精神・神経医療研究センタープレスリリース/2020年8月24日)

 国内に16万~20万人の患者がいるとされるパーキンソン病は、手足が震えて様々な動作をしづらくなったり、不眠やうつといった症状が出たりします。8割程度の患者は便秘にも悩まされます。発症や進行には、腸内細菌叢や食生活が関係している可能性があるとする研究が複数あります。

 パーキンソン病患者の血中でも、短鎖脂肪酸が健康な人よりも少ないことがわかっています。ただし、腸内細菌叢や短鎖脂肪酸が、パーキンソン病の発症などに影響をもたらす具体的なメカニズムはよくわかっていません。そこで米カリフォルニア工科大学などの研究チームは、遺伝子操作して、パーキンソン病の原因とされるたんぱく質「α(アルファ)-シヌクレイン」が通常よりもたくさん体内で作られ、パーキンソン病のような症状を示す、パーキンソン病のモデルマウスを使って実験しました。

 第三者の専門家による評価は受けたものの、まだ科学誌には掲載されていない、2020年11月に公表された論文によると、研究チームはパーキンソン病のモデルマウスに生後5週間~22週間まで、食物繊維を多く含むエサを食べさせました。すると、腸内細菌叢を構成する菌の種類が変化し、多様性が増していました。また、便を調べると、短鎖脂肪酸のうち、とくにプロピオン酸の産生が増えているのがわかりました。

高食物繊維食によるパーキンソン病マウスの変化
「高食物繊維食によるパーキンソン病マウスの変化」 WT=健康なマウス/ASO=パーキンソン病モデルマウス (オンラインサイトeLifeの「A prebiotic diet modulates microglial states and motor deficits in α-synuclein overexpressing mice」より)

 パーキンソン病が起きる原因の一つは、α-シヌクレインというたんぱく質の凝集した塊が脳内の「黒質」という部分に溜まり、そこにある、ドパミンという神経伝達物質を分泌する神経細胞が傷害を受けたり死滅したりして減ってしまい、ドパミンの分泌が減少するためだと考えられています。

 研究チームは、マウスの脳内の黒質を調べました。高食物繊維食を食べたマウスでは、通常食を食べたマウスよりも、凝集したα-シヌクレインの密度が有意に低いことがわかりました。パーキンソン病モデルマウスでも同じ傾向がみられました。

 脳内には、「ミクログリア」と呼ばれる、脳内の免疫を司る細胞があります。脳内に入り込んだウイルスなどの病原体を排除したり、神経細胞の変性を修復したりする働きをしています。脳神経細胞を守るのに欠かせない存在です。α-シヌクレインに異常が起きて、凝集しかかると、それもミクログリアが異物として排除します。しかし、凝集したα-シヌクレインが脳内に蓄積し、濃度が高くなると、ミクログリアが過剰に活性化され、免疫反応を起こす生理活性物質(サイトカイン)を過剰に出し、それがドパミン神経細胞を傷つける一因になっていると考えられています。

 ミクログリアはヒトデのような形をしていて、研究チームによると、通常は、本体部分は小さく、そこからヒトデの腕に当たる、樹状の突起が周囲に長く伸びています。一方、パーキンソン病モデルマウスのミクログリアは、過剰に活性化しており、アメーバのような形をしていて、本体部分が大きく、樹状突起はあまり伸びていない形をしています。しかし、パーキンソン病モデルマウスに高植物繊維食を食べさせたところ、ミクログリアは正常なマウスと同じ形態をしていました。また、樹状突起の長さや枝分かれの数などからも、高植物繊維食を食べたパーキンソン病モデルマウスのミクログリアは、過剰に活性化していないことがわかりました。

高食物繊維食による「脳内免疫細胞」への影響
「高食物繊維食による脳内免疫細胞への影響」 WT=健康なマウス/ASO=パーキンソン病モデルマウス/黒質におけるミクログリアの形態変化。通常食のパーキンソン病モデルマウスのミクログリアが過剰に活性した状態。パーキンソン病モデルマウスでも、高食物繊維食を食べると、正常な形態になっていた(オンラインサイトeLifeの「A prebiotic diet modulates microglial states and motor deficits in α-synuclein overexpressing mice」より)

 研究チームはパーキンソン病モデルマウスの運動能力も調べました。床に垂直に立っている柱を下りる速度や、並行棒を渡る際に踏み間違えて落ちる回数、渡るまでの時間などを観察しました。その結果、高食物繊維食を食べたグループは、通常食のグループに比べて、運動能力の低下する程度が小さいことがわかりました。

柱を駆け下りる時間

 動物実験では、腸内細菌が産生する短鎖脂肪酸が、ミクログリアの制御に関わっていると指摘する論文も出ています。しかし、今回の研究チームの解析では、短鎖脂肪酸が脳内で直接、ミクログリアに影響を与えているという証拠は見つかりませんでした。このため、なぜ高食物繊維食が、パーキンソン病の発症や症状を抑える可能性があるのかについては、今後、さらなる研究が必要です。

 研究チームによると、食事や、有用と考えられる腸内細菌の摂取によって腸内細菌叢に働きかけ、パーキンソン病の発症を抑制することができないかという、ヒトを対象にした臨床試験がすでに複数、行われつつあるそうです。まだ、メカニズムについてもわかっていない部分が多くありますが、研究チームは「将来的には、パーキンソン病の予防に役立ちそうな食生活だけでなく、腸内細菌叢に働きかける方法が見つかるかもしれません」としています。

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  • 大岩 ゆり
  • 大岩 ゆり(おおいわ・ゆり)

    科学医療ジャーナリスト・翻訳家

    朝日新聞社科学医療部専門記者(医療担当)などとして医療と生命科学を中心に取材・執筆し、2020年4月からフリーランスに。同社在籍中には英オックスフォード大学客員研究員や京都大学非常勤講師、早稲田大学非常勤講師を兼任。主な著書に『最後の砦となれ~新型コロナから災害医療へ』、主な訳書にエリック・カンデル著『芸術・無意識・脳』(共訳)がある。

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